utopiapartment

about something too important to be taken seriously

エジプト博物館

トリノの主要な観光名所のひとつ、エジプト博物館。
イタリアに来てまでなぜ…という感じで人によってはスルーしかねない微妙な立ち位置とはいえ、じつは世界でもエジプトのカイロ博物館に次ぐエジプト専門の博物館であり、所蔵量は大英博物館やルーブル美術館よりも多い立派な博物館!ヒエログリフの解読をしたシャンポリオンもトリノに数年間滞在しこの博物館の資料を使って研究したほど。(知らなかった!

しかしわたしにはパリで初めてルーブル美術館に行ったときエジプトエリアで迷子になり、暗いし寒いし広くて誰もいないし道はわからないしあるのは棺ばかりで行っても行っても死体!(ちょっと語弊があるな)という強烈なトラウマ体験があり、このエジプト博物館も避けてきた。
が、博物館好きとして見ないままというわけにもいかない!!トリノといったら、という名所なのに行かないのもあれだし!
ということでたまたま週末に夫の友達が行くと言うのでいっしょに3人で行くことにした。

ここの博物館はじつは数年来ずーっと工事中である。今もまだ工事中。でも新しく地下エリアが拡張されてそれが新聞に載ったこともあって人出はけっこうあった。そしてまさにこの新しい地下エリアから順路がスタートするのでこれがすごくよかった!!なにしろすべての工事が終わったらこの地下エリアは別の目的(企画展とかミーティングとか汎用的貸しスペース)に使われる予定なのでぴかぴかに近代的できれい!古代エジプトの雰囲気も恐ろしい感じもゼロ!ビクビク度MAXだったわたしもこれで多少はじめに肩の力が抜けて平常心で鑑賞スタート出来た。すばらしい。

古代エジプトに関するわたしの知識はとても薄い。ピラミッドは墓じゃないらしいとか、奴隷を使っていたのではなく公共事業だったらしいとか、計算が緻密だったらしいとか、ミイラ作りの手順くらいしか知らない。アメンラーとかアヌービスとかオシリスとかアメンホテプトかネフェルティティとかラムセスとかツタンカーメンとか聞いたことある単語は多いがきちんと体系的には知らない。しかしあんまりよく知らない分、逆にじっくり展示を見てびっくりすることがあったりしてすごくおもしろかった。


(ライオン。ライオンは王の治世を象徴するので役所など公的機関の入口にあったらしい。本物を飼ってた王様もいたとか。たいへんそう!)


いちばん気に入った展示は、カー夫妻のお墓まるごと展示。
カーという人は王族ではなく貴族でもない。ある意味ふつうの人。もともと書記官だったのが出世して王族の墓を作る職人たちの監督になった。古代エジプトでは一握りの王族と特権階級の人々を除いて国民の9割くらいは農民で、王族の墓を作る職人たちというのはその農民よりはよい暮らしをしていたけれど特権階級としては最下層というような位置づけ。エジプトではこの墓職人たちの街というのがまるまる発掘されている。

王族の墓作りを監督していたカーは、どうやら当時からあった盗掘を知っていて、それを恐れていた。
なので自分の墓を作るにあたって(カー夫妻の墓は自作)盗掘に合わないようふつう祈祷する場所のすぐ下に作るお墓を離れたところにわざわざ作ったり、見つからない工夫を凝らしている。そのためこの博物館にコレクションを売ったドロベッティが発見するまで誰にも破られることなくお墓の中身がそっくりそのまま残っていて、それをそっくりこの博物館は展示しているので現代のわたしたちはその全容を見ることが出来る。古代エジプト人は死後の世界を信じていたので、生前に使っていたものはすべて墓に入れてあちらの世界へ持って行こうとした。なのでカー夫婦のお墓には王族のような金銀財宝はたくさんないけど、彼らの生活用品がそっくり収められている。それがわたしにはすごくおもしろかった。



(お墓の入口のドア。とても古代のものには見えないきれいさと作りで、発見時には墓だと思わず「鍵はどこにあるのか?」と真面目に現地の人たちとやり取りしたらしい)


お墓から出てきたものはベッド、枕、テーブル、椅子、当時は棚のような家具はなく装飾した木箱に物を入れていたので様々な木箱や蓋つきの籠などもあるし、


(これ、上部は革で出来ていて脚部分はなんと折りたためるようになっている!古代エジプトの技術力…!)

食事前に手を洗うためのボウルと瓶が組み合わさった道具、食器、着替えの服やカツラ、サンダル、杖、髭剃りや毛抜きやアイラインに塗るコールなどの化粧道具、トイレの便器(!!16世紀フランスとかよりよっぽど現代に近い便座のついた大きな木箱のような作り、スゴイ!)もあったり、


(コールの木製容器、小さいのにきっちり丁寧な作り。日本の七味唐辛子でも入っていそうな既視感…)

(化粧道具を納める箱。手前に木の櫛やかんざし、定規もある)

あとはハサミ(持ち手部分は走る馬の形になっていた!)、定規、文字を書くための細い木の道具とパレットなど文房具やゲーム、


(セネトという2人で遊ぶゲームのセット。駒をしまう引き出しがついている。王族のものは駒が象牙で出来ていたり黄金が施されていたりきらびやかな作りなんだけど、彼らのものは素朴な作り。しかしこれで遊んでいたのかなと思うとキュンとくる)


そしてとにかくたくさんの食糧!!
死後の世界で食べるための食糧なので大量にある。パン、ワイン、小麦、油、肉、魚、野菜、果物、タマリンドやニンニク、スパイス、さまざまなナッツ、調理用か味付け用なのかたくさんの動物性脂肪の塊、なつめやしの実、塩の大きな塊と、蓋つきの器に入れられた粉末状の塩…


(ナッツ類やスパイスの盛られたお皿、パンなど)

(塩の容器。倒れてもこぼれないためか蓋は水平にスライドさせて開ける仕組みになっている)

「特権階級としては最下層」としてもわたしの目には十分に豪華に見えて、豊かな国だったんだなあと思った。
ミイラが収められた棺はカーのものは三重、奥さんのものは二重になっていて、つまり巨大な棺が合計5つもある。棺の上には花を編んだ飾りが胸元に何重にも重ねられていたらしく、花冠のような飾りが展示されていた。
二人には子供が三人いて、彼らが葬ったそうなので子供たちが供えたのかなあとか想像すると怖いというより、あたたかい気持ちにもなった。


そして、この二人のお墓でもその他のコーナーでも衝撃を受けたのは古代エジプト人たちの仕事の丁寧さと正確さ。どうしても普段はヨーロッパ美術ばかり見ているのでほんとうにびっくりした。まるで昔の日本みたい!!
実際、植物で編まれたサンダルや枕、小さな木箱などの前で「日本人みたいだね」と話している人を複数見たし、それぞれ英語、イタリア語、フランス語で聞いたのでそう思うのはぜんぜんわたしだけじゃないらしい。

上にあげた折りたたみ椅子やコールの容器、塩の容器、装飾のついたハサミの美しさにもびっくりしたし、当時の織物の技術にも感嘆した。


(このボーダーのきっちり具合!破綻のないきめ細かい織りの技術!!5千年も前の人がこんなに丁寧で正確なものを作っていたなんて… )


(この枕も、パーツを三つ組み合わせている上に台部分に施されたロープ状の装飾が端から端まできちんと均等なうつくしい作り。これが例えば18世紀フランス王朝だったら確実に端と端ずれたりするのに…!笑)

小さな生活用品も建物も、すべては分業制で職人たちは比較的高い社会的位置付けに据えられていたらしい。
納期もきっちり厳守で明日と言われたものが明日までに出来ていないことは大ごとだったという。それが可能だったことを考えても、古代エジプト人たちが王を始めみんな死後の世界に行ってからも働くことを当たり前のように前提にしていた様子を考えても、そもそも働くことが当時の社会ではたとえばヨーロッパ文明よりも尊いことに位置付けられていたのかもしれないと思った。

ひとつひとつの細工物の丁寧さに、わたしは職人の誠実さや創作への単純なよろこびのようなものを感じる。とても虐げられたりいやいややっている人の仕事ではないんじゃないかと想像した。あるいはものすごく強固な管理体制の元、プレッシャーにさらされながらやっていたんだろうか?違う気がするし違うといいなあ。



(当時の人たちは地面に落ちているこういう石板をメモ用紙代わりに使っていたらしい。石板には工事のための資材の発注や領収書のようなものから、何時にどこどこで宴会という連絡や、個人同士の待ち合わせの連絡、ゴシップ的な噂を書きつけたものも見つかっているそう)


(文字はこういうパレットのようなものに鉱石などからとった染料を溶いて、細い木の道具で書きつけていたらしい。通常は黒と赤が使用されるけれど絵を描いたり装飾の仕事をする人のものであろうインクを置く穴の数が多いパレットも見つかっている。手前のツボは指先くらいの小さなサイズで、使いかけの木をいったん入れて置くためのペン立て)

また、この博物館ミイラの数もすごくて、病院かホステルかというような規模でミイラががんがんあった。ミイラや棺に関してはやっぱり写真を撮るのをためらったのでない。でも、時代が移っていくのにつれて例えばミイラに載せるマスクの技術がどんどん変わって行ってたり、ギリシャやローマなどから来た外国人までもがミイラ文化に染まってそっちの文化的装飾を施した棺を作っていたりするのはとても興味深かった。外国からの脅威にさらされていたので死人の足底に外国人の絵を描いて死後の世界で踏ませる(=敵の撃退とエジプトの繁栄)習慣などもおもしろかった。


(文化の混合という意味ではギリシャ神話を取り入れて古代エジプトの女神イシスとギリシャ神話のアフロディーテ(ローマ神話でいうビーナス)が合体した彫像もいくつかあった。この柔軟さもおもしろい!)


あと館内には他にエジプトでのプロジェクト協力のお礼としてイタリア政府に送られた神殿まるごと展示もあって、石造りの巨大建造物をそっくり持ってくるすごさもあるけど、さらにそれがキリスト教の祈りの場所として流用され、壁画の上からギイイイッと大雑把に十字架を刻みつけてる様子も両方の文化を感じてああーって思った。

(これが神殿の入口部分)


最後に、この博物館の目玉のひとつが「インタビューウィズバンパイア」「アビエイター」「ヒューゴ」などの美術を手がけアカデミー美術賞も取っているイタリア人美術監督のダンテフェレッティが手がけた、彫像の展示室。

(あんまりうまく撮れなかったけどこんな感じの部屋が幾つか)

ここの彫像の量もものすごくて、このあたりになってくるとだいぶ疲れてしまったのでまた別の機会にここだけ行きたいとおもっているんだけど、ここも見事だった。
筋肉のリアルな様子や、棺のような形をしている像も膝部分をきちんと一度凹ませてからぷくっと膝の骨を出して人体の様子をきっちり表現していること、肉体と布との質感の作りわけ、石の磨きの正確さと端麗さなど、古代の人の作品とは思えないうつくしさ!!
あと外側に彫られたヒエログリフのきっちり感!(途中で飽きて最後の方走り書きっぽくなったりぜんぜんしてない!同じ意匠のものはきっっっちりそっっくり同じ!)この几帳面さほんとうに何度もため息でた。


その他にも死者の書もいくつもいくつもあって、人によって細かく描かれてる人や、途中から文章になってる人のもあったりして、比較して見るとまたおもしろかった。死出の道の試練の細かさや、いざ生前の行いの審判が下されるところで神の書記官がいてきっちり記録を残す設定とか、心臓と羽の重さを比べて心臓が重かったらだめ(生前の悪い行いが染み込んで、正義をあらわすマアトの羽根より重たくなるらしい)とか、死後の世界に行くことを認められなかった人の心臓を食べる専門の神獣がいたりとか、知れば知るほどおもしろい!!試練部分についてももっと知りたいとおもった。

それから猫や鷲、魚のミイラなんかもあってびっくり。こういう神の化身と考えられていた動物たちは神官がついて手厚い世話をして、死んだら大事にミイラ化を施していたらしい。ほんとうに古代エジプトのミイラへの情熱はすごいなあ。


(真ん中にある魚のミイラの丁寧さ…!)

しかしそこまできっちり生活道具も資産も食べ物も全部持って行く準備をして、死出の道でつらい試練を乗り越えて行く死後の世界で、王様も普通の人も古代エジプト人たちみんな働く気まんまんでいるっていうところが、今回の最大の衝撃だったかもしれない。