utopiapartment

about something too important to be taken seriously

ドニゼッティ「愛の妙薬」★★★★☆

トリノ王立劇場の今シーズンをしめくくる最後の演目。
公演最終日に行ってきた。

配役はこちら。(観たのはAキャストの方)


舞台を50年代あたりの田舎の村に設定した新プロダクション。背景のトーンは一律ベージュで抑えて橙色ぽい照明で南の強い太陽光を表現し、衣装は黄色、青、オレンジを中心に配色していてディックブルーナの絵本みたい。

アルジェでも思ったけど日の傾きでそれとなく時間の経過を匂わす照明。これが今回とくに太陽の強い、村の広場という外の感じを自然に与えていてよかった。一方でドラマ上の転換点ではあえてがくっと劇的な青を入れることであざとさギリギリだけどよかった。夕暮れの青色の中に小さな豆電球の連なった素朴で静かな照明入れてるのも小さな村のこじんまりした感じと夏の夜の空気感をうまく出しててかわいい。。やっぱりこのAndrea Anfossiというひとの照明好きだなあ。(Guido Leviも好き)


物語:
とある田舎の村に住む、純朴な青年ネモリーノ。彼はアディーナという美しくて賢くしっかり者の女の子に恋をしている。
アディーナは「トリスタンとイゾルデ」という小説を村人たちに読み聞かせそこに出てくる恋の媚薬をそんなものあるはずないと笑い飛ばすが、それを聞いていたネモリーノは恋い焦がれながら自分には手の届かないアディーナも恋の媚薬さえあれば自分に振り向いてくれるんじゃないかと思い込む。
そんなとき村に軍隊がやってくる。軍隊を率いる将軍は洗練されていて口説き上手。村の女性たちはみんな彼にうっとり。彼に口説かれてもアディーナだけは素っ気ないが、ネモリーノは大変なライバルが現れたと大焦り。
また、時を同じくして村にいかさまの薬売りが現れる。ネモリーノは彼なら恋の媚薬について知ってるのではないかと勢い込んで聞いてみると、薬売りはネモリーノをいいカモだと思い、飲んでから一日経たないと効果は現れないよと言って赤ワインを恋の媚薬として売りつける。

さて、恋の媚薬を手に入れさっそくそれを飲み干したネモリーノ。酔いもあり、明日になれば愛しいアディーナは自分のものになると信じて自信満々で上機嫌。アディーナがネモリーノを心配して話しかけてきても気が大きくなっているのでそっけなく振る舞う。この、いつもとちがうネモリーノの態度に動揺するアディーナ。内心では純粋なネモリーノを思っていたのもあり、ついやけになって将軍と結婚すると言い出す。しかし将軍は次の日の朝出発しなくてはならないので結婚するなら今夜中にしなくてはいけない。明日になったら媚薬の効果が出ると思っていたネモリーノは大慌て。薬売りからもう一本飲めばたちまち効果が出ると言われてもう一本買おうとするが、お金がない。
困っているところに将軍がやってきて、軍隊に入れば入隊時に契約金が支払われるとネモリーノに教える。それを聞いたネモリーノは入隊を即決。お金をもらってもう一本恋の媚薬を薬売りから買い、飲み干す。

その頃、ネモリーノのおじさんが亡くなり、莫大な遺産が入ってくるはずだという話が村の女性たちの間で噂になる。何も知らされていないネモリーノは突然女性たちが自分への態度を変えてきたのを見て「媚薬の効果が出てきたんだ!」と大喜び。
アディーナはそんな光景に困惑しながらも、薬売りから一部始終を聞いて、入隊すれば命の危険がある軍隊に入ってまで自分を振り向かせようとしたネモリーノの心に打たれ、涙を流す。
そしてアディーナはネモリーノの入隊契約書を買い戻しネモリーノに渡してくれるが、彼女が自分に告白してくれるはずだと思い込んでいたネモリーノは思ったように行かないので、愛が手に入らないのなら自分は軍隊に入って死ぬ!と契約書を破り捨ててしまう。しかしそのあとアディーナが「あなたのことを愛している」と言い、2人の気持ちは通じ合う。

将軍はアディーナにふられても世界中にまだまだ女性はたくさんいるからと気にせず、薬売りは自分の薬はほんとうによく効く!と大いばり。みんながその通りほんとうによく効く薬だと絶賛する中、薬売りは気分よく村を去って行く。おわり。



主役の二人、メーリとランカートレ

今回の作品の主役はなんと言ってもネモリーノ役のメーリ。今このときこそが伸び盛りという勢いに満ちていて、終始熱のこもった歌唱と演技だった。自分でもうまく出来ているという手応えをしっかり掴んで自信に変えて気持ちよくやっているのが伝わってくる。
una furtiva lagrimaのアリアでは観客が全員ぴたっと息を止めて張りつめた空気の中、彼の声に全神経を集中させるすごい支配力で、飲まれた。彼にとって今回のこのトリノでのこの作品は記憶に残るものになるんじゃないかしら。ものすごく美しかったけれど同時に、円熟する前の、はっきり何かを掴んだという手応えを本人が掴んでそれを逃すまいと握りしめているような、いい意味での青さの余韻と上昇していく勢いがあった。

ランカートレは前回リゴレットのジルダ役で見たんだけれど、アディーナの方がお茶目で可愛い明るいキャラクターが出ていて合ってるなあと思った。少しふっくらした体格でちょこちょこ踊るように動くのがまた色っぽいけどどこかコミカルさを出していて可愛く見えて、ネモリーノと心が通じ合ったあとも相変わらず上下関係は変わらず尻に敷いている感じもキャラクターとして筋が通ってて、役としての振る舞いがほんとうに上手い。イキイキしてて素敵だった。


今回のこの作品はチームワークとしてとてもよくまとまっていて、主役の二人も、その他の将軍役カピタヌッチも薬売り役のウリビエリもアディーナの友人役のローゼンも、どの組み合わせでの重唱も息があったきれいなハーモニー、細かい演技もそれぞれが工夫して作り上げてきたのがわかる、よい相乗効果がそこかしこにあって、全員がのびのび楽しそうにやっていたのがとてもよかった。指揮者のビザンティも何度も舞台上に笑いかけていたのが印象的。

趣味の問題で舞台上の色の組み合わせがあまり好きじゃなかったこととか、新プロダクションのわりに既視感のある装置だったこと、ランカートレの声がところどころ不安定だったところなど気になるところがあったんだけれど、でもでも全体としてとてもよく調和していて、総合的によい仕上がりで、なにより出演者たちが気持ちよくやっていて観客が楽しんで観ていて、劇場がひとつになっている感覚があるなら、それ以上望むことはもうなんにもない!と思った。

シーズンの最後を締めくくるにふさわしい幸福感にあふれる仕上がり。
観客もみんな座席から立ってステージ際まで押し寄せてのスタンディングオベーション。
いい舞台だった。