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チャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」★★★★☆


トリノ王立劇場でもうすぐ上演の「エフゲニー・オネーギン」のゲネプロに誘ってもらったので観に行ってきた。バンザイ!!
この作品、チャイコフスキー大好きだし観たいとずっと思いながら見れてなかったやつ。今回も公演日程と旅行が重なってて行くのあきらめてたからラッキーだったー!しかも座席も最前列真ん中取ってもらってありがたすぎるー!わーい!

キャストはAキャストの方。


今回観た「エフゲニーオネーギン」はロシア人作家プーシキンの小説を題材とした作品。
チャイコフスキーはオペラとバレエ両方作っているけれども、純粋にこの題材のために作曲したのはオペラの方で、原作にある手紙や詩を愛するチャイコフスキーはそれらをほとんどそのままオペラの台本にも採用している。元が美しい韻文だそうなのでロシア語がわかったらきっとさぞかし耳に美しいんだろうなあと想像しつつ、残念ながらがんばって耳を澄ませて聞いてもロシア語はまったくわからないので音の綺麗さはわからなかった…しかしロシア語のオペラは今回初体験だったんだけれど、わからないなりに子音とくにチャ、ジュ、ブ、グ、の音、全体的に重たい独特の響きの連続が聞いていてとてもおもしろかった。出演者はほとんど全員聴くのはじめての人たちだった(と思う)けれど、どの人もよかったと思う。とくにタチヤナとレンスキーはきれいだった。音楽はやっぱり三幕のポロネーズがいかにもチャイコフスキーの華やかで明るい舞踏曲でとくに輝いていた。舞台上では舞踏会ではなくてオネーギンがレンスキーを殺して後悔に苦しむシーンの描写になっていたんだけれど、それはそれで世の中と孤独なオネーギンとの対比に見えるかもしれない。見ている間は違和感があったけれど。その他のシーンも壮大で劇的!というよりは静かに心に入り込んでくるような曲ばかりで、物語の土臭い、素朴な、人々の日常の中の心の動きに寄り添った雰囲気にすごく合っていて音がなっていることを忘れてしまいそうなほどだった。


物語:

田舎に住むタチヤナとオルガの姉妹は正反対の性格で、オルガは明るく社交的、周囲の考えがよく見えていて、近所に住む若き詩人レンスキーと婚約している。タチヤナは読書好きな夢想家で引っ込み思案。いつも恋愛小説の世界に入り込んでときに家族を心配させている。あるときレンスキーが都会から引っ越してきた友人オネーギンを2人の家に連れてきた。タチヤナは洗練された雰囲気のオネーギンを運命の人と思いたちまち恋に落ちる。そして抑えきれない熱い想いを手紙にしたため人づてに渡してもらい、返事を待った。
しかし、オネーギンはロシア文学でいういわゆる余計者。世の中を知った気になって退廃的な考え方に浸っており、平凡な恋の幸せを馬鹿にしている。オネーギンは純粋なタチヤナに「自分は結婚には向かないしあなたの気持ちには応えられない男なのだ、そのうちまたあなたは恋をするだろうけれどこんな風に無防備に気持ちをさらすものではない」とタチヤナの気持ちを踏みにじったうえ余計なお説教までしてしまう。悲しみに沈みこむタチヤナ。。

あるとき、タチヤナの家でパーティーが開かれている中でオネーギンはふざけてタチヤナの妹オルガにちょっかいを出し面白半分にオルガの婚約者である友人レンスキーをからかう。その姿を見てまた沈み込むタチヤナ。また、若く激情的なレンスキーは友人であるはずのオネーギンが大勢の客の前で自分の怒りを買うような仕打ちをしたこと、オネーギンに声をかけられやぶさかでない様子を見せ、自分が申し込んだ踊りを「もうオネーギンと約束してしまったから」と断るオルガにショックを受け、オネーギンに決闘を申し込んでしまう。
予想以上の展開に後悔しながらも大勢の前で申し込まれた決闘を断ることもできず、オネーギンは決闘を受けて立つ。決闘の日銃弾に倒れたのはレンスキー。いたたまれなくなったオネーギンは放浪の旅に出る。

(原作ではオネーギンのいない間にオルガは新しい恋人を得て結婚してさっさと田舎を出て行ってしまい、タチヤナはオネーギンの書斎にある彼の蔵書や手記から彼の人となりを知って想いを深める)

そして数年後、久しぶりに戻ってきたオネーギンは友人である将軍に招かれた舞踏会で落ち着いた気品ある美しい婦人に目を奪われる。それは美しく成長し将軍の妻となったタチヤナだった。オネーギンに声をかけられたタチヤナは動揺することもなく礼儀正しく挨拶をし去っていってしまう。オネーギンにタチヤナのことをたずねられた将軍はいかに彼女が自分の人生を明るく照らしてくれる大切な存在であるかを語って聞かせた。

過去はそっちのけでタチヤナに猛烈に恋をしてしまったオネーギン、自分の過ちを激しく後悔し、今になって人生の中で平凡なしあわせがどんなに尊いことかわかったのだと一生懸命に恋文を綴るがタチヤナは応えない。どんなに送り続けても梨のつぶてだった。
あるときオネーギンは思い余ってタチヤナの部屋にやってきてついに今でもオネーギンのことを想っているという本音を引き出す。けれど「今あなたがわたしに心惹かれるのはわたしがお金や名誉を得て社交界で重要な存在になっているからではないのか。あの若かった頃ほんの少しでもあなたが自分に同情してくれたらと願ったけれど少女の自分に向けられたのは残酷な拒絶だった。あの頃に戻れたなら2人にとってどんなによいかと思うけれど、わたしにはもう人生を共にすると決めた伴侶がいる」ときっぱり断られてしまう。
そしてオネーギンはひとり後悔にくれるのだった…



壮大なオペラが心に向けてバーンと強い力で当たってきて揺さぶられるようだとしたら、このオペラは心のひだに静かに入り込んでくるような、繊細で地に足のついた感動だった。
物語も身近な範囲での人々の感情を中心に描いた内容で、市井の人の日常の中にある人生とは、愛とは、正しい選択とは?という普遍的な問いを扱っていて胸にくる。世の中の不条理やほんの少しの選択の過ちで思いも寄らない哀しみを受けながら、自分なりに生きていこうと模索する人物たちの姿勢には共感を覚える。本を読んでいるみたいな気持ちになる作品だった。

昔好きな人がいたけれどもそれは思い出になり妻であり母であるしあわせをじぶんのしあわせとして選んだと思っている母。母や乳母が自分に良い人を見つけ落ち着いて欲しいと願っていることを理解し、自分を愛してくれたレンスキーが死んでしまっても良い人を見つけ田舎を去って行くオルガ。そして頭の中で思い描いていたロマンスを目の前に見つけ一直線に恋をしその気持ちを抱えながらも現実と折り合いをつけ、巡り合った将軍を大切にして自分に与えられた役割を立派につとめ尊敬を得ているタチヤナ…

最後の場面はうあーオネーギン最悪ー!引っ込めー!と思いながら、きっぱりと言いたいこと丁寧にぜんぶ言ってバッチリ拒否ったタチヤナの理性がとっても気持ちよかった。
タチヤナかっこいい!プーシキンの理想の女性像なんだろうか。すごくいい女性の描き方だった。性格は暗いけれど最後のカタルシスがあるし変に媚びてないし今のところ観たオペラの中ではいちばんまともにかっこよく描かれてる女性かもしれないなあ。

演出はROHとのコプロダクションで、ホールテン演出。
全体的にすっきりしたセノグラフィーで、タチヤナたちに家の中を表したくすんだ水色の本棚、柱、鴨居が一体になった装置は繊細できれいだった。舞台上に大きな扉がいくつも配置されていて登場人物たちがそれを開け閉めすることで場面転換や人物同士の距離感があらわされていたんだけれど、これはあまりピンとこなかった。狙いはわかるんだけどバタンバタンしすぎでわたしは動作にやたら目がいきその度に物語から引き戻されてしまう気がした。
後方には麦畑や赤く染まっていく木々が映し出されて情景の移り変わりを示す(タチヤナの思いの高まりに合わせて木々が赤く変わって行くのはじゃっかんしつこいとは思った)。決闘のシーンではプロジェクションで吹きつける吹雪などを表しているあたりが下手したらちゃちくなりそうなところ効果的に見えていて上手い。さすがロイヤル…!

しかしタチヤナとオネーギンの役のダンサーを配置して心情を踊らせる演出がものすごく蛇足でこれはいらない!とまで思った。振付が日常動作すぎて舞踊になっていなくてなんのために歌手と別に用意しているのかわからなかった。ダンサーを配置するなら一貫してすべてを踊りで表現させてあげてほしい。
また、場面によって心情を表している(と思われる)ダンサーが舞台上の動作を請け負っていて他の登場人物とインタラクトするのが解せない。手紙のシーンで実際に手紙を書くのがダンサーの方だったり、乳母に「もう寝ましょう」と言われて連れていかれるのがダンサーの方で歌手は置いていかれてたり、オネーギンに至っては決闘で実際に銃を持って撃つのがなぜかダンサーオネーギン。(ほんとなんで)
と思えば、タチヤナとオネーギンの心が通わず2人が気まずいシーンでダンサーの2人が愛し合うように踊り、去って行ったりする。こういうのはどう見ても実際に起こったことではなくタチヤナの脳内か二人の心の底の心情を表しているのに、なぜ決定的な事実の場面で舞台上の動作をダンサーが行うのか謎。謎すぎる。

(※追記 後から演出意図を読んだところホールテンはこの作品を後悔を表すものと捉え、タチヤナとオネーギンが回想する過去の物語として演出したらしい。そのためダンサー2人は完全に踊りのためにいるのではなくそれぞれの若かりし頃を表す役なのだそうだ。つまり二人が再会するまでのシーンにいるタチヤナとオネーギンは歌手の方がむしろその場に実際にはいない人物だということ。なるほどー!!だから手紙書いたり銃を撃ったりするのが若い方なんだな。納得…!)

もうひとつ気に入らなかったのは最後タチヤナがオネーギンを拒絶するシーンではじっこに将軍が居合わせてること。あれはいらないでしょー!将軍がいることで二人の会話の価値が変わってしまうし、将軍が内容を聞いたことでのちのタチヤナとの関係にむだに波風が立つのではという余計な心配が芽生えてタチヤナのかっこよさが薄れるし、あれは導入みたいに二人きりが断然いいと思った。なぜいるんだ将軍。

衣装はタチヤナの赤い衣装がよかった。内に秘めた情熱をすごくうまく補っているし多重プリーツが動きを美しく見せていて見惚れた。また主演のスベトラに似合っていること!
導入部で白いドレスの中にその赤が見え隠れしているのを最初に見た時は、衣装替えの時短なのかしら…ない方がきれいなのに…って思ったけれど、全体を通して観ると最終場面になったときにタチヤナがまだ過去の情熱を秘めながらも優雅に振舞っているのだということが視覚的にわかりやすいのでこれはこれでいいなとも思った。わかりやすすぎるといえばそうなのだけども。色で人物たちを対比させているのはわかったんだけどオルガがなぜあの色なのか疑問だった。浮いてる気がする(やわらかい薄緑色)個人的にはレンスキーの衣装が好き。

期待していたよりずっといいプロダクションで、物語もよかったし、今まで見てきたのとはちがうタイプのオペラだったこともよかったし、音楽もよくてとっても楽しめた。
これはいろんなプロダクションでいろんな人で何度も観たくなるオペラだなあ!
しあわせな気持ちで家路についた。感謝ー!


ROHではオネーギン役を芸達者キーンリーサイドが演じているらしくこれは激しく心を惹かれる…!装置がわかりやすいROH版のレンスキーのアリア部分の映像があった。
キーンリーサイドの細かい演技もイイ!オネーギンはやな奴だけど演じる人によって解釈によってかなり変わりそうだなあ

http://youtu.be/Hful4xpChUo