utopiapartment

about something too important to be taken seriously

ベルリオーズ「トロイア人(Les Troyens)」★★★★★

パッパーノ指揮、マクヴィカー演出、
わたしの好きなバルチェローナ出演ということでスカラ座に行ってきた。


17時半開演、終わったのは23時半という長丁場だったけれど行ってよかったー
じゃっかん寝不足だったのだけれど、釘付けになる舞台で一睡もしなかった。退屈なときや疲れているときは簡単にふっと寝落ちてしまうので、それだけをとっても力ある舞台だったといえる。達成感…!

意外だったけれどパッパーノはこれがスカラ座デビューだったらしい。結果は幕ごとに、そしてもちろんカーテンコールでもブラボーマエストロの大喝采。わたしも夫もパッパーノ好きなので他人事ながらうれしかった。自分の好きな人や、今日は良かった!と思う人が喝采を浴びてるとやっぱりうれしい。


5時間を超え5幕からなるこのグランドオペラ、ストーリーはギリシャとトロイの戦争でトロイが陥落する一部と、カルタゴへ落ち延びたトロイ人たちのうちエネが女王ディドと恋に落ちるが、ローマ帝国建国を目指すため再び旅に出て別れる悲恋物語の二部からなる。

いろいろよかったけど、まずなんといってもエネ役のクンデ!
舞台にのる人ってわたしは太陽みたいなあたたかい光で舞台ぜんぶを明るくするタイプと月みたいに静かで硬質な光で舞台上で輝くタイプといると思うんだけど、クンデは後者だなあと思った。知的で気品があって静かに輝くヒーロー。こういうテノールはあんまり聞いたことがないなあと思うような力ある声で、高音はきれいな軽い音なのに全体の印象としてはバリトンのような深みと重みも感じて、声や技巧の美しさではなくこんなにも役の実存や魂に聞き惚れるような気持ちになったのはテノールでは初めてだなあ。役柄もあるのだろうけど彼の力も大きいと思う。特に後半、心を囚われた。近年ヴェルディに挑戦し始めたらしいけどぜひ観たい!


そしてカサンドラ役のアントナッチ。
上手い。上手いなあーーー。誰も信じないけれど自分にはハッキリ見える恐ろしいビジョンがあって、人々からは狂ったと取られるけれど実際にはただ恐怖に悶えているという様が上手い。マクヴィカーの細かい演技の振りで身悶え続けるのがしつこすぎると最初思ったけれど、あまりに効果的にくり返されるせいか後々になると気にならなくなった。全幕通して入り込めたのは彼女の掴みが大きかったと思う。妖艶!あまりにすばらしくて二部のバルチェローナはこのインパクトに勝てるのだろうかと心配になった。


しかしディド役のバルチェローナ、負けなかった。
最初の登場シーンから圧倒的な存在感と美しさ。女王役がこれほどにあうひとがほかにいるだろうか!という気持ち。バルチェローナのすごいところはダイナミックさとエレガンスが容易に同居するところだと思う。夫に先立たれ1人でカルタゴを支えてきた偉大な女王という役に説得力がある。
ただ、アントナッチの熱演のあとのせいか後半に向けての彼女の計算なのか、エネと恋に落ちるまでは声量が抑えめで歌にインパクトがなく聞こえた。ベルカントだから他の人の兼ね合いでそう感じたのかな?一部でのクンデもそう感じたし。(でもだからこそクンデとバルチェローナの二重唱はバランスが良くてうつくしかった!)計算なのかも、と思ったのは後半エネが自分を捨てようとしていることを知ってからがものすごかったから。ここにピークを合わせるために前半抑えていたのかなと思った。
エボリ公女でもそうだったけど女の情念みたいなのを歌うと力強さ極まるなあ!迸るラスボス感。前半「わたしってほんとにバルチェローナ好きだったんだっけ…?」と思うほど控えていたのでフィナーレでのカタルシスが半端なくて、聞いてるだけでぐーっと涙が出てきた。呪ってやるという台詞がなんて似合うの!なのに最後までエレガントな不思議。最後は彼女がすべて持っていったような舞台だった。

他二人のテノールのアリアもバシッと決まってよかった。(個人的には70点のシラグーザという印象)
カピタヌッチはこのキャストの中では精彩を欠いていた…あとで別の公演キャンセルしてたので調子悪かったのかもなあ。


パッパーノはこの夜そこにいた誰よりもいちばん集中力と体力を要しただろうし、公演日程も後半だったのに最初から最後までパワフルな指揮で、単純にそれがすごい…スカラオケとの息も合っていて、ここのオケだめだめなときもあるのに最後まで途切れずやる気を保たせていて、よくがんばったなあ…彼はきっとまた呼ばれるにちがいない。
ただ、やっぱりヴェルディが好きだからなのか、ベルリオーズの音楽(テキストも)は少し冗長に感じて、パッパーノの熱を持ってしても(そしてたしかに音楽に熱も高低もあったのに)ブツブツ同じことを言い続ける人みたいな気だるい印象が残ってしまった…好みの問題と思う。

好みの問題といえばマクヴィカーの演出。
彼の世界観は美しいと思うし完成されていると思うし、一部のトロイをスチームパンクみたいなメタル装置と暗色に抑えて、二部のカルタゴを黄色の砂壁、森、華やかな衣装にして対比させたのは効果的だったし、一部でも二部でもスパンコールや蝋燭、小さな光や灯りを散らすことで無数の星が輝く夜空のような異空間を作り上げていたのも見事だった。

が、正直あまりに隙がなくてわたしは好みじゃないな。バズラーマンの映画を観てるような息苦しさがある。舞台より映画で映えそうというか…歌い手に細かな振り付けをするのも説明過多で歌の邪魔になりかねず、わたしは歌への信頼が低いように思えた。プロのダンサーが舞台上にいる状態で同じ舞台上で踊り手でない人に同時に振りをつけるのって差が気になってしまうので毎回興ざめしてしまってにがてなんだけど、この作品もそうだった。餅は餅屋だと思うんだけどなあ。とはいえ彼が人気なのはすごくよくわかる。



それにしても、パリでの魔笛につづいて資金力の大事さを感じさせられる作品だった。やっぱりトロイの木馬のような見栄えする巨大装置や城塞もそうだし、脇役の小物まで惜しまずきちんと揃えて力注いだ時の全体の輝きはすごい。さすがロイヤルオペラハウス…!!

それでもわたしはたとえばトリノのオリジナルプロダクションの繊細さと素朴さ、センスの良さは好きだし、価格帯もありがたいし、ファンだけど、ときどきこういう豪華なものをみるのもそれはそれでやっぱりいいなあ。こういうのって親近感は薄れるからいちばん好きにはならないけど、ミニシアター系邦画も好きだし派手なハリウッドアクションも観たいって気持ちと似てたまに観るとやっぱりすごくいい。


トリノ行きの終電には間に合わないので友達の家に泊まって次の日Palazzo Realeでやってたカンディンスキー展にも行ってきた。こっちも、抽象画に至る前の今まで見たことなかった彼の風景画や版画なども豊富で、大量に時系列に観られたのでそれぞれの時代の影響がはっきり見られてすごく良かった。とくにパリに移ったあとの色彩の変化があまりにドラスティックでびっくり。カンディンスキーというと思い浮かべるあの色合いは初期からのものではなかったんだなー
中期作品のFragileというのとVuote verdeという作品がとくに好きだった。あとはやっぱりcielo azzuro。

いい小旅行だった!